自分の才能に期限を設けれる人って。
アーティストという人たちと関わっていると、時々「後、2年でどうにかならないなら絵描きを止めようと思うんです」とか言う台詞を耳にすることがある。前向きに、がむしゃらに、それまでになんとかしてやる!という気概のこもった台詞なら、ほうっとも思えるが、半分他力本願的な使い方をしている人に出逢うと、「自分の才能に自分で期限を切れるんだったら、今日、止めたら?」と思ってしまう。そうさ、私は意地悪さ。
それは、才能に限った事ではないんじゃないかなとも。
引き際を知らない人間っていうのにも、なりたくないなと思えるが、自分で自分に見切りを付けるという事もこれまた出来ない。
本田誠という作家の作品の中に「光かなにか」という作品がある。はじめて見たときなんとも言えない気持ちになった。誇大妄想癖のある私にとって、その絵の空は空気がとてつもなく澄んでいて、描かれてはないけれど、月はフレームの外の遠く高い空に居て、孤高という言葉が降ってくる様な感じがした。果たして目を閉じて私のなかをのぞきこんだ時にもこんな風景がみれたらいいなと思う。心の中の深淵の遥か遠くなのか、ものすごく近くなのか距離感の定まらないその光を、私が生きて行く理由にしてもいい気がする。
自分のなかに微かにでもその光を見つけられたら、その光を見た事があるなら、自分に見切りを付ける理由が、これから生きて行く過程でいくらもいくらも溢れて来たとしても、ささやかな自分の生を信じられそうな、信じてもいい様な気にさせてくれる。
この季節、空が澄んでくるとなんだかその絵を思い出す。冷たくなり始めた空気の匂いと一緒に切ない希望を改めて感じる。
絵描きだろうが、会社員だろうが考える事をする人間には、これからの自分の時間がとほうもなく感じる事もあるだろう。自分のこの先の時間ってどうなって行くのか、どんな事が待ち受けているのか。
だけど、みんなにとってはちっぽけかもしれないが少なくとも私の人生にあなた達の描いた絵は影響を及ぼしている。もう、忘れる事は出来ないほど。他人の人生にチョッカイを出せるなんて、誰にでもでき事じゃないと思う。
だから、死ぬまでにどうにもならなくっても止めないで欲しい。まだまだいっぱいいっぱい、みんなが生み出す世界を見たいと思うから。
そんな風に続けていけたら、いつのまにかどうにかなる気がするから。
期限付きの人生なんて、おもしろくもなんともない。
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