去年、何の気なしに入った本屋でなんとなく買って読んだ。
久しぶりに頭の良い作家の本だと思った。大げさかもしれないが、読んでいてトマス・ハリスを思い出した。最初の数行で引き込まれた。「マリアが死を決意したときから、彼女の猫は自分で自分の身を守らなければならなくなった。すでにマリアは猫を飼う事の意味をはるかに超えて世話をしていた。」猫を飼う事の意味をはるかに超える状況って? エルロイも衝撃的だったが、この作品はスターリン体制下のソ連が舞台なので、それだけでなにか生きる事が自分のためでは決してない窮屈さを感じさせる。現代の知っている街の話ではないので、おとぎ話の様な距離感の中に沈んで行く感じ。時間と人間と事件と時代性が複雑に絡み合っているのに、全体をとおして抜け目がない。上手い。それに頭がいい。読んでいて気持ちいい。あっこれはもちろん話の内容ではなくて(話の内容は陰惨ではある、しかし何故だか薄く張った氷の様に切ない)文章と話の進み具合とよくリサーチされた背景に隙がないのが気持ちいいと言う事だ。久しぶりにやられた感じ。
「18才で私は老いた」という書き出しはマルグリット・デュラスの「ラ・マン」。これは、この一行を書きたいためだけに後の話がくっついた様なストーリーだ。デュラスの若い頃の実話だとかいろいろ言われてるが、内容よりも、この一行が上手いと感じる。ここから書き始めてこれで終わっている様なもんだ。小説というのはいろんなパターンがあって、初めはだらだらといつまで我慢すれば面白くなるんだろう?と思ってる矢先に気がついたら最後まで読まされたというパターンと、はじめの一行から引き込まれるパターンと、そうだったのに読み進めるとあらが目立ってくる物と。なかなか最後までウーンとうならせてくれるものは少ない。
T・R・スミス。これが、始めての小説らしい。
これが彼の「ブラック・サンデー」になる事を期待して。
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